2012年01月07日

明けましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。2011年は波乱のうちに過ぎ、新しい年を迎えました。
今年は良い年であって欲しいですね。

我々も春には4年目を迎えます。まだまだ改善すべき点は多々あり、日々反省することしきりです。
焦らず怠らず、成長してゆくことを目標に、また1年頑張りたいと思います。

皆様も健康で素晴らしい一年でありますように。
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2011年10月24日

トリスタンとイゾルデ

 周期的に移動性高気圧が通過するこの頃は、晴れたり降ったり、夏のような暑さかと思えばもう冬かというような寒さだったり。女心と何とやらと言いますが、天気予報から目が離せません。それでも少しずつ秋は深まっているようです。

 先日は学会でお休みを頂き、ご迷惑をおかけしました。告知が不徹底だったためか、来院された方もいらっしゃったようです。改めてお詫び申し上げます。

 日頃不勉強なので、学会の時くらいは知識を吸収すべく連日参加してきました。日常の診療に少しは反映出来るのではないかと思います。行き慣れない有楽町なんて都心で過ごしたせいか、はたまた慣れない勉強のせいか、夕方には頭痛がしてきました。

 私事ですが、学生時代からの頭痛持ちで度々頭を抱えて寝込んでいました。いつも適当な鎮痛薬を飲んで誤摩化していました。あまり効果がありませんでしたが3日もすれば治ってしまいます。最近はご無沙汰で忘れていました。

 薄々分かっていましたが私の頭痛は偏頭痛です。この偏頭痛、実は眼科外来にはかなりの頻度で来院しているのではないかと思っています。それはいわゆる前兆という症状が視覚に現れることが多いためです。

 頭痛に先立って(必ずしもではない)、視界の中に光を中心としたような異常なものが現れる現象です。これは教科書的には不定形の閃光が、数分から数十分で視界の一点から拡大してゆくというものです。しかし実際に外来で問診していると、様々な表現で一人として同一なものは無いようです。ただこの症状は右眼左眼の区別無く、また閉瞼開瞼の別も無いというのが共通する所かもしれません。

 この症状は眼球の中で起きているのではなく、実は脳の中で起きています。偏頭痛の原因は未だ明らかではありませんが脳内のセロトニンという物質が関わっていると言われています。このセロトニンは脳神経の伝達物質で様々な機能に関わっていることが知られており、多くの病気で標的になっている人気者です。偏頭痛ではこのセロトニンが作用して脳内の血管を拡張することにより偏頭痛を引き起こすと考えられています。

 脳内で偏頭痛が起こる時、脳神経は非常にセンシティブになるそうです。その結果、光るものが見えるというような症状が出ると考えられています。光るものが見えるというのは光視症といい、偏頭痛だけの特異的な症状ではありません。網膜が引っ張られるような、例えば網膜剥離の発症前後でも自覚されることが多い症状です。ただこの場合、両眼同時に網膜の症状が出る確率は低いので、大抵は片眼です。

 それに対し、脳内で起こっていることに起因する場合は両目で知覚されます。片目で見ても両目で見ても変わらないということです。左右の視覚の情報は脳に入る手前で交叉しますから、脳内では左右の別は起こらないのです。また直接視覚中枢側の刺激なので、目を瞑っていても見えることがあります。アレっと思ったら、是非手で片目を隠し症状が変化するか確認してみて下さい。

 慌ててそれどころではないかもしれませんが、慣れて来ると意外と冷静です。私自身は「光る輪郭をもった黒いオタマジャクシがウニョウニョ」という症状が多いので、ああ来たなと思うと左右で同じ湧き具合が確認していみます。大抵はそれ以前に他の症状が出ているので、診断がついて安心するくらいです。

 何となく元気が出ない、意味なく落ち込む、蛍光灯が眩しくて顔が上げられない、換気扇のノイズや人の話し声が耳に障る、少し吐き気がするなどは怪しいサインです(あくまで私個人の場合)。運動のし過ぎか、風邪なのか、(飲み過ぎなのか、)単に疲れているだけなのか、いつも迷います。

 外来では問診をしている段階でほぼ診断がつきます。ただ本当に目の病気が無いのか検査をして否定をする必要があります。眼底検査などをして何も見つからない場合、頭痛に詳しい内科の受診をお勧めします。頭痛は重篤な頭蓋内疾患が隠れていることもあるので我々眼科医だけでは対処出来ません。他にも目の奥に痛みが来る場合、群発頭痛なども鑑別に上がるのですが、これはまたの機会にさせて下さい。

 偏頭痛にはトリプタンという薬が使われます。これは先ほどのセロトニンをブロックする薬で、良く効きます。いわゆる頭痛薬ではさっぱり効きませんでしたが、これは本当に効きました。どうしてもトリスタンと言ってしまいます。トリスタンとイゾルデのせいでしょうか、新しい薬が覚えにくい今日この頃です。

 お陰様で以前よりストレスの無い生活をしているせいか、偏頭痛の頻度も大分減りました。大学病院などでの修業時代は仕方ないこととはいえ、だいぶ悩ませれたものです。年とともに良くも悪くも鈍くなり、感じなくなってきているようです。それでも不惑には程遠く、心配の種は尽きません。もし頭痛で悩んでいるなら、内科の頭痛に詳しい先生の診断を仰ぐといいのではないかと思います。

チョウの羽も秋になってボロボロです。斜めになった陽の光を精一杯その翅に受けようと広げているようでした。

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2011年09月22日

電話の故障

現在、台風の影響で電話がつながらなくなっております。通常通り診療しております。
ご迷惑御かけして申し訳ございません。
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2011年09月21日

ゆく夏を惜しんで

 毎週のように台風がやってきます。被害に遭われた方に心からお見舞い申し上げます。

 台風が去る度に残暑も少しずつ遠くなっていくようです。あれほど沢山、あれほど何処でも、あれほどうるさく鳴いていた蝉たちはどこへいったのでしょう。その骸は空っぽに乾いて転がり、今は湧くようなコオロギの声があたりを包んでいます。

 賑やかで、でも滑稽なほど不格好に飛んでいく蝉が私は好きです。来年また新しい連中が騒々しく現れて、一夏の命を燃やして行くのでしょう。仕方の無い事と言え、憐れに思うのは私がセンチメンタルだからでしょうか。今年は特に季節の移ろいが気になってしまいます。

 死んでいくこと、老いていくことは仕方が無いこと。誰もが受け入れざるを得ない事実です。この世界にいれば、他科ほどでないにしろ日々思い知らされます。眼科疾患の中で加齢に関係するもののいかに多いことか。老人性〜加齢性〜と名前がつく疾患は全て、そうでなくても全く関係の無いものの方が少ないかもしれません。

 瞼が下がっても、水晶体が濁っても、結膜が緩んでも、確かに手術である程度まで治すことが出来ます。しかしそれを永遠に保つことは不可能です。仮に見かけを治せても元のように機能しません。

 人間の遺伝子は紫外線や放射線、その他によって常に傷つけられる運命です。免疫の働きによってその都度修復されますが、それは完璧ではありません。またその再生能力も無限ではありません。少しずつ傷つき、いずれ正しく再生されなくなります。いわゆる癌ですが(ウィルス感染などに因るものを除けば)、それは限界を越えて異常に再生された組織と考えられます。

 それを防ぐため、異常な組織は排除されていきます。老化とは傷つき正しく再生されない組織を切り捨てていった結果であり、死はそれによって再生の限界を越えたことに因るものと考えることも出来ます。乱暴かもしれませんが、老化することによって癌化のリスクを管理していると見ることも出来ます。

 遺伝子の働き、老化、癌などの研究の成果が明らかになるにつれ、老化や癌化を抑えることの難しさ、死が不可避であることを思い知らされるようです。どうやら私たちはそれを受け入れなければならないようです。

 子供たちが夏休みの終わりを受け入れがたいのと同様に、我々は老化を受け入れがたい。すっと夏が続けばそんな幸せはありません。むずかったり、不貞腐れたり、あらん限り抵抗しますが、夏は終わります。

 なぜ治らないのか、なぜ元通りにならないのか、受け入れがたい思いを日々ぶつけられるのが診療という仕事なのかもしれません。すぐには無理でも、いずれ受け入れて頂く、これが我々の仕事なのかもしれません。

 想像を絶する地震も津波も台風も、幾度となく我々日本人を襲ってきたことでしょう。その度にそれを受け入れ、立ち上がってきたはずです。そういう強さを我々は共有していると思う今日この頃です。

 お祭りの起源は秋の収穫祭だそうです。一年の実りに感謝すること。自然災害に負けず、営々と営まれてきた農耕民族である我々の祈りの象徴です。

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posted by kawagucci at 00:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月06日

あれから5ヶ月も

 ご無沙汰しております。気付けばもう8月です。大好きな夏ですが、気分はこの天気のように曇りがちです。今までクリニックのブログとしては呑気なことを書き散らしてきました。大層なモノではないので、そのままでもいいと思っていました。しかし自分で思っている以上に内容が気になり、全く書けなくなっていました。更新していない事について、たまに御指摘頂ましたのでここにお詫びいたします。

 震災や原発事故で被災された方を思うと、東京でのうのうと暮らしている私の悩みなぞちっぽけなものです。しかし政治にも経済にも産業にも明るい材料が無く、いかに楽天的な私でも将来について考え込んでしまう今日この頃です。ついこの前に見た夢では、荒野を避難中にモヒカン刈りの賊に襲撃されるという内容でした。「北斗の拳」の読み過ぎかもしれません。しかし日本のみならず世界中のニュースを見ていて、そうならないと信じる方が難しいのではないでしょうか。

 テレビの見過ぎかもしれません。もとより余り観ませんが、震災以降つい画面に釘付けになっていました。映像の影響は絶大で、あたかも自分が全ての現場で目の当たりにしているように錯覚してしまいます。そんなに強靭な神経は持ち合わせていないので、つい防衛的になりネガティブな思考に陥ってしまう。連日のように流される数多の情報に翻弄され、疲れ果て、正常な思考が麻痺します。

 テレビも新聞もネットもそれぞれ色々な意見が述べられ、何が正しくて何が間違えているのか、推進派と反対派と、正論と現実論と、現場と中央と、本物とガセと、もう何が何だか分からなくなっています。何よりも自分に正しい知識とそ判断力が欠けているからでしょう。そんな状態ですから自信を持って何かを述べるなんて事は出来ませんでした。何を言っても誰かの意見に賛同したり批判するだけになってしまいそうです。

 ブログなんて、こんな症状があれば病院へ、何彼が流行しているので気をつけましょう、こんな検査が出来ますから是非来院してください、そう書けば良いのでしょうか。それとも今日のお昼に何を食べたとか、先週はどこに行ったとか、そんなことでしょうか。過分に意識しすぎて一文字も書けませんでした。

 雨が降って雲が流れ、ベランダのトマトが赤くなり、街路樹を縫って蝶が飛び、セミが鳴き始めてやっと、日常に焦点が合うようになてきました。未だ現実は余りにも酷く、混乱は続き、問題は解決どころか、これからだとは思います。しかし一眼科医として、周囲の方々に医療における有益な情報を発信するというスタンスを守るかぎり、間違いは無いだろう。ようやくそう信じられるようになりました。

 支離滅裂でお見苦しい内容でした。今度は何か明るい話題を。

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posted by kawagucci at 17:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月16日

アナログ派

 いつの間にか月が変わり、5月も既に半ば過ぎてしまいました。ゴールデンウィークの連休はいかがお過ごしでしたでしょうか。あまり好天が続かず、出かけようとすると降られたりする今日この頃です。

 最近来院された方はお気づきかもしれませんが、病院の内装が少し変わりました。連休中に受付奥のカルテ棚を改修しました。病院名のパネルを挟んで二列だったカルテ棚が一杯になってしまったためです。開院して3年ですが、思ったよりカルテの増え方が早かったです。ひとえに皆様の御支持のお陰と感謝しております。

 いつも暇そうなのにおかしい? そうですね。眼科では内科のように何度も再診される方より、結膜炎などで初診してそれっきりという方が多いので、カルテの増え方だけは早いのです...。

 何はともあれ、カルテ棚はスライド2段式、5段3列に拡大し、今後10年以上は大丈夫なほど余裕が出来ました(病院の寿命の方が先に来ます)。狭い診療所ですが、当分の間は収納場所に悩まなくて済みそうです。本当はいずれ電子カルテに移行することも考えており、今回は良いチャンスでした。しかし自分なりにリサーチした結果、まだ納得のできる製品が見つからず、電子化は見送る事にしました。

 私自身、電子カルテとは因縁が深く、不幸にも?二つの病院でその導入を経験しました。いずれも600床以上の大病院でしたので、小さな眼科診療所とは比べるべくもない規模です。電子カルテは簡単に言えばコンピューター上のファイルに過ぎません。それが様々な診療科と検査室などの部門、画像ファイル、薬局と複雑にリンクし、時間とともに複雑に集積されていくのです。しかもそれはサーバーという仮想空間にあって膨大な数の端末に常にアクセスされるのです。これだけでも使い易いはずがない事は明白です。

 実際にトラブルも多かった。多数のスタッフが同時にアクセスしてハングアップ、どこかの回線が細くてダウン。その度ごとに紙カルテに戻ってあたふたと対応するので時間も手間も倍以上かかりました。入力ミスは増える、それを修正するのに時間はかかるでクレームの嵐です。正直なんでこんなものを導入しなければいけないのかと不満たらたらでした。

 しかし電子化のメリットも侮れません。一度入力すれば破れたり紛失する事なく、汚れたり読めなくなる事なく、前後が入れ違ったり他人のと混ざったりする事もありません。時系列に整然と整理され、何年前のデータでも即座に確認出来ます。何よりいい加減な事は受け付けませんから、ミスも不正もできません。定型的な文章は登録してコピー、ずっと同じ処方も前回を参照で、慣れてくればそれなりに楽が出来ます。強硬に抵抗する一部のアナログ派をのぞき、1年もすると皆だんだん使いこなしていきました。

 私もデジタル世代の黎明期から情報端末に親しんできた世代です。データとして管理する事で、どれだけ便利で、いかに創造性を助けるものか肌で感じていました。もともとPCを駆使して顕微鏡写真を取り込み、表計算でデータをまとめ、ワープロで論文を作成するような事を日常的にしている医療従事者にとって、この手の機械に親和性は高いはずです。

 それではなぜ私は電子カルテを導入しないのか疑問をお持ちでしょう。それはまだこうした電子カルテが十分に一般診療所、特に眼科などに最適化されていないと感じるからです。大きな病院で様々な立場からカルテを扱うには、ある程度情報を一般化して共有出来るようにしなければなりません。そのため、ある部署だけで通用する特殊な形式はなるべく排除しなければなりません。

 眼科のように画像を多く扱い、その所見を頼りとする診療科は異端です。内科をはじめとする一般的な診療科では、主訴、所見、検査結果、鑑別診断、そして最終診断まで、すべてロジカルに文章と数字で説明されます。眼科でも基本的に考え方は同じですが、それを表現するのに文字より絵が多用されています。そうでないカルテも見てきましたが、多くのドクターがお互いの絵を見て討論できるのは眼科くらいではないでしょうか。

 例えば網膜剥離の症状を説明するとしましょう。文章にすると「右眼、強度近視眼底で赤道部10時に1/4象限にわたる大きな馬蹄形裂孔あり、牽引が強い。剥離は上耳側から胞状に黄斑部まで広がり、仰臥位にても中心窩は観察不能。硝子体は著しく混濁し、下方は出血のため透見困難である。6時に周辺部変性あり、萎縮円孔がある可能性もあり注意すべし。エコー上、後部硝子体剥離は起こっているようであるが、網膜の稼働性悪い部分が9時にあり、増殖が疑われる。また白内障も軽度だがある。」

 でも絵なら一枚ぺろっとこれだけの事が書けてしまうし、誰が見ても一瞬で状況を判断出来る。数人のドクターが集まって、「うーんこれならバックリングより硝子体手術のほうが安全だな、そうそうポートはずらして作ってね」などと即座に方針が決まってしまう。また術中も壁に貼っておけば、いつでも確認出来る。これは極端な例かもしれません。しかし絵に表現される情報量はものすごく多く、忙しくともコンタクトの状態からモノモライの位置まで素早く把握出来てしまいます。

 実は電子カルテにも絵を描くソフトは付いています。しかし簡単な図案ならまだしも写実的な表現をするのは至難の業です。お絵描きソフトで落書きをするような感じになってしまい、時間がかかる割に書きたい事の半分も表現出来ません。いつか、カメラやソフトの進歩で手書きスケッチをしのぐカルテが出来るようになるかもしれません。SFのように空中に浮かんだデータに手をかざすとカルテが出来るようになるかもしれません。その時は潔く電子カルテに移行しようと思います。

 容量の増えたカルテ棚を見て、口の悪いスタッフは電子化する気なんて無いんじゃないかと思っています。それは半分、本当です(笑)。実は皆さんの話を聞きながらカルテにカリカリとスケッチするのが大好きなんです。当分は好きにさせて下さい。停電しても使えますしね。

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2011年04月04日

桜前線

 いよいよ緑道の桜も咲き出しました。いつもより1週間ほど遅いでしょうか。毎年、桜前線の北上を楽しみに見ていました。九州から本州、そして北海道。緯度の高い東北の開花は、例年およそ半月以上も遅い。今年は早く春が訪れないか祈るような気持ちで見ています。氷点下になる夜も冷たい北風も、被災した人たちには一段と辛いものでしょう。

 原発事故もいまだ収束の兆しが見えず、報道される情報を固唾を飲んで見守る毎日です。おかげで原発の仕組みに少し詳しくなりました。今まで具体的な事は何にも知りませんでした。核反応を制御する制御棒、炉、蒸気、そして電気を作るタービン。ニュースを見てると蒸気機関の釜が原子炉になっただけという気がします。そんな汽車には乗りたくありませんが。

 原子炉にホウ酸を投入しているようですね。良く聞いてみれば制御棒にもホウ素が入っているそうです。連鎖的核反応を起こす中性子を吸収するんだそうです。中性子が吸収されると、それ以上の核反応が起きず、いずれ核物質は冷えて安定する。

 このホウ酸、実に身近な物質です。ゴキブリホイホイが無かった頃は、台所の隅のホウ酸団子はお約束でした。眼科に行けばホウ酸水で眼洗い。消毒薬や防腐剤としてもお馴染み。しかし今ではその毒性ゆえに、あまり使用されなくなりました。ホウ酸団子は子供やペットの誤食事故が後を絶ちませんでした。食品添加は確か禁じられて久しいはず。

 いまだにホウ酸で眼洗いをされている方を時々お見受けしますが、これも今では一般的ではありません。その昔、ろくな薬も無かった頃の名残でしょう。50年前、感染症などではホウ酸で目を洗うしかありませんでした。我々眼科医は「眼洗い医者」と言われ馬鹿にされていたそうです。今では感染症に対する有効な薬物が沢山あります。

 最近の研究では特別な場合をのぞき、眼は洗わない方がいいと言われています。眼の表面にあるバリアを痛めてしまい、かえって感染やアレルギーを起こし易くなるからです。異物が入った時、特に薬物などが入った時は眼を洗います。しかし我々はその時でもホウ酸は使いません。生理的食塩水、いわゆる涙程度の薄い塩水を大量に使います。中和を期待して、アルカリ性の時にはホウ酸が有効という意見もありますが、緊急時ではそれほど差がないと考えられます。むしろ毒性の方を問題視します。

 ホウ酸は薬局でも普通に手に入ります。最近、大手通販サイトで売られているのも見ました。未だに家庭医学として根強いファンがいるものと推察します。ホウ酸を使ったが良くならず来院という方も散見されます。もし眼に何か入ったら、とりあえず水道水で流すようにしてください。洗面器の水の中でパチパチするのでもいいです。薬局に駆け込む場合は、ホウ酸より生理食塩水の点眼をお求め下さい。いわゆる乾き目用の点眼薬です。できれば眼科で相談してもらった方が安全です。

 都知事は花見を自粛せよとの事でしたが、桜が咲けばそれを見ずにはいられません。通りすがりも隣人も老若男女が目を細め、カメラを向ける。桜が咲くまで頑張ろう。咲いたら忘れよう。来年もいい桜をみれるように祈ろう。サクラサクという電文に、営々と続く我々と桜の深い絆を感じます。何も出来ずに立ち尽くす我々ですが、いつもより遅い春に、哀しみも希望も花に託して。

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posted by kawagucci at 22:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月29日

夢なら醒めてほしい

 11日の震災以来、自分なりに考えを巡らせておりました。しかし何も書けず、今に至ります。震災と津波は想像を絶する規模で、いまだ被害の全体像は不明です。引き続く原発事故も、知らされる事実は悪くなるばかり。どうしよもない敗北感で全く元気が出ません。都立大の街は、一見平穏ですが漂う緊張感は隠しようもありません。せめて暖かかったら、と思います。

 都内の眼科診療所として出来ることはないかと考えてみましたが、特に名案はありません。看板の電気を消してみたくらいです。一市民として出来ることをしたいと思います。眼科に限らず、医療情報は様々な所で発信されております。特にネットでは質の良い悪いを問わず、多くの団体が情報を提供し始めています。そもそも被災された方も、高齢の方も、最もネットから遠いので、どれほど届くか分かりません。

 阪神淡路大震災の際、コンタクトレンズで困った方が多かったようなので、自分なりに調べてみました。SEEDなど一部のメーカーが被災地でのコンタクトレンズ配布を始めたようです。眼鏡の提供を行っている方もあるようですが確認が取れていません。規模の大きなものだけ紹介させてください。

東北地方太平洋沖地震の被災者への支援に関するお知らせ

 コンタクトの装用における注意点などが良くまとまっているのが以下。

日本コンタクトレンズ学会

 少し日が長くなって、春が来たことを教えてくれます。しかしまだ春らしい気持ちにはなりません。桜が咲く頃には違ってくるのでしょうか。

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2011年03月12日

休診

今回の地震で被害にあった方に心からお悔やみ申し上げます。

先ほどまで開けていましたが、節電とスタッフの交通を考え、少し早めに診察終了させて頂きます。
申し訳ございません。
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2011年02月14日

瞳はダイヤモンド

 2月の連休は雪と寒さで少し残念でしたね。我々は連休ではなかったのですが、少しのんびりする事が出来ました(いつものんびりしているかもしれません...)。立春が過ぎて低気圧が次々と通過するのは春が近い証拠です。

 連休最後の日曜日、ジムの帰りに渋谷に寄ったのですが、どこもかしこもバレンタイン一色ですね。本命か義理か分かりませんが、女性達で賑わっていました。寒さもぶっ飛ぶ熱気と甘ったるい香りに早々に退散しました。これではチョコを貰う方もお返しが大変そうです。

 女性へのお返し、プレゼントと言えばアクセサリーが定番です。つい最近ですが、面白い番組を観ました。

 ハイビジョン特集 ホープダイヤに秘められた3つの謎

 ご存知の方も多いと思います。いわゆる持ち主を不幸にする呪われたブルーのダイヤモンドの物語です。通常ダイヤと言えば無色透明の光り輝く鉱物です。色付きというのは何か不純物が含まれているためでしょう。私はてっきりコバルトや何か青いものが含まれていると思っていました。調べてみたらホウ素原子などが0.06ppmほど(炭素原子1億個中ホウ素原子6個)含まれるとブルーダイヤモンドになるそうです。

 現在スミソニアン博物館の目玉として展示されているこのダイヤは、まさに紺碧の海を想わせるコバルトブルーでした。

 Hope Diamond

 このコバルトはコバルト青として知られていますね。フェルメールで有名なラピスラズリと並んで有名な青い顔料です。陶磁器やガラスの青はコバルト青によるものだそうです。医療現場でも放射線同位体として癌などの放射線治療に用いられています。我々に身近な所では点眼薬にも使われています。

 実はビタミンB12はコバルトを中心にもつ物質です。シアンcyanとコバルトCoを中心にした分子でシアノコバラミンcyanocobalaminと言います。このビタミンB12は眼精疲労に効果があるとされており、いわゆる「疲れ目の点眼」にはほぼ間違いなくこれが含まれています。入っているかどうかは一目瞭然です。

 なぜか。

 ビタミンB12は真っ赤だからです。コバルトを含むのに真っ赤。普通に考えたら真っ青になりそうなものですね。ここが科学の面白い所です。分子構造によって赤い光を跳ね返すから赤くなるのでしょう。少し暗い赤で、点眼などの薄い溶液ではピンクに近いかもしれません。どこか夜店のシロップのような安っぽい色です。いかにも効果抜群?な印象です。

 以前、シアノコバラミンと眼精疲労に関する論文を検索した事があります。少し古いものが多いようですが、効果有りという結論だったように記憶しています。ちゃんと実験に基づき効果がある薬物ならば、患者さんの利益のためにどんどん使うべきです。しかし私は余りこの点眼薬を処方していないかもしれません。

 眼精疲労は目が疲れる事ですが、その多くは目の使い方に問題があると思います。長時間休まず画面を見ていた。寝不足なのに長距離運転した。合っていない眼鏡で無理をした、老眼なのに老眼鏡を使わない、などなど。

 ビタミンB12は目の中のピント合わせをしている筋肉が疲労してしまうのを改善します。しかしこれでは改善できたとしても、とても追いつきません。目はもともと長い間、一定の所を見るようには出来ていません。あっち見てこっち見てと視点は移動するのが自然です。一瞬、バケツを持ち上げるような事は得意です。しかしずっとバケツを持ったまま立っているのは苦手です。

 疲れたら休息しないと働けません。しばらく目を閉じるか寝るしかないのです。休み時間に携帯をいじっていては無理です。また遠くを見るための眼鏡で近くを見るのは無理があります。その逆もしかり。その無理はすべて目が負担する事になります。

 このような原因を解決しない事には、いくら上から点眼してもナンセンスです。むしろ点眼をお渡しすると、それで安心してしまうかもしれません。市販のビタミンB12点眼の中には、充血をとる血管収縮薬やスッキリする成分が含まれているものもあります。短時間ですが疲れが誤摩化されてしまう。しかしこうして問題を先延ばししても根本的解決にはなりません。

 ビタミンB12点眼を否定しているのではありません。仕事に疲れたら、どうぞ点眼を手に窓辺まで行ってさして下さい。点眼して目を閉じ、しばらくそのままか、遠くの景色を見て下さい。できれば1時間に一度、せめて3時間に一度。休むタイミングを取れればそれだけで結構です。

 そういえばチョコレートも疲れには良いそうですよ。含有する様々な物質がどうのこうのと言われていますが詳しくありません。ただ糖分は疲れた頭には素晴らしい栄養補給になるはずです。「見る」という行為は目だけではなく脳に負う所が大きいです。バレンタインに同僚から沢山頂いたら、みんなで少しずつ休憩時間しつつ口にしてみたらいかがでしょう。

通りかかった代々木公園の体育館は改装中でした。まるでノアの方舟のようです。60億にまでなった我々人類はまた災厄に見舞われるのでしょうか。混沌とした社会情勢に漠然とした不安が募ります。

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代々木公園では寒緋桜が2分咲きでした。早く満開のソメイヨシノを見たいものです。

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2011年01月31日

もこもこ雲

 早いもので1月ももう終わりです。年が明けたと思ったら、もう1/12終わってしまいました。気が付けば人生も半分以上終わってしまったようです。中学生くらいまでは、こんなにも速く時間が過ぎるとは思いませんでした。それももう四半世紀も昔の事です。

 最近、中学生を主人公にした本を読みました。中学校が舞台なんて、その昔なぎさボーイ 多恵子ガールを読んで以来かもしれません(このネタで氷室冴子氏が亡くなった事を知りました...)。

きみの友だち 重松 清

 初めて読んだ著者の小説が「疾走」だったもので、どうしても他の作品に手が出ないでいました。娘が読んでいたので便乗した次第です。足に障害がある主人公の女の子と病弱な親友との数年間を描いた小説です。この二人と周囲の「みんな」との対立軸から、友達ってなんだろうと考えさせられる数編のエピソードが描かれています。

 その中の一編に、眼の病気を患う女の子の話があって興味をひかれました。「にゃんこの目」というお話です。彼氏が出来た親友に蔑ろにされた事をきっかけに、視力の低下と頭痛に悩むようになります。実際、臨床の現場で日常的に出会うケースです。

 思春期の特に女性は非常に繊細で多感です。小説の中にあるように、彼女達のシビアな環境も一因かもしれません。親子関係、友人関係、恋愛、進学、コンプレックス、そしてイジメ。中年になって振り返ってみると楽しかった事ばかりですが、存外、ストレスの多い環境なのでしょう。

 ストレスを契機に視力が悪くなったり、激しい頭痛や吐き気を覚える事があります。いろいろ検査してみても眼には何も異常なく、大きな病院で頭のCTやらMRIまで撮っても分からない。症状は動揺しますが、多くはどんどん悪くなります。ついた病名は「心因性視力障害」。

 視力検査では全然見えていないはずなのに、歩いて来院し日常生活にはほぼ支障なく過ごす。近視や遠視のように距離やレンズの度数と関係なく、時には矛盾したような見え方になる。見える範囲の検査などで、あり得ないような結果が出る。目が見えない人のフリをする詐病の方も同じような結果になる事がありますが、心因性視力障害の場合は意識してやっているわけではありません。騙そうとか偽ろうとするのではなく、無意識にそうなってしまうようです。

 弱視や他の眼の病気、神経の病気などをしっかり否定して、心因性視力障害という診断に至ります。その上で原因となってるストレスを排除することを考えます。これは眼科の病気というより、心の病気ともいえるでしょう。それとなくカウンセリングをするんですが、これはとても難しいです。

 夏休みなどになると悪化する、こんな場合は家庭に問題があったりします。家庭環境が複雑であったり、親が指導する受験勉強に原因があったり。逆に夏休みなどで良くなる場合は学校生活に問題があるかもしれません。たいてい、この年代の診察には親が同席しますが、親子揃っていると聞き出しにくい事もしばしばです。その場合は引き離して個別に話をしなければなりません。子供の検査の隙に、親御さんからいじめられている事実を聞いたりすると胸が痛みます。

 作中では度の入っていない眼鏡を処方して、一時的には効果があったようです。これは私もよくやりました。眼鏡は彼女の心の拠り所となり、盾となって守ってくれます。私見ですがこういったヒステリーのような病気は本人の一番弱い所、自信が持てない所を襲うように思います。心因性視力障害もともと少し目が悪い子に多いように感じます。眼鏡はそれをカバーし、強い自身のある自分にスイッチする魔法の仮面なんだと思います。

 眼のピント合わせが狂ってしまわないように点眼薬を処方することもあります。実は点眼薬の薬効成分には期待していません。この点眼薬は付け方が治療になります。親が膝枕しながら点眼するようにお願いするのです。膝枕点眼というのですが、親子のスキンシップをとるようにするだけで、症状が好転することがあります。度無し眼鏡と同様、暗示する効果もあるのではないでしょうか。

 娘が中学生にならんとするこの頃、気が付けば「何も分かってくれない」親の世代になっていることに愕然とします。その多感さを理解出来る繊細な魂を、私はとうの昔に無くしてしまいました。どうやら中学校の校医も拝命することになりそうな予感がしますが、はっきりいって恐怖です。

 冬の終わり、地平線の端にこれまでと明らかに違う柔らかそうな雲が浮かぶようになります。もこもこ雲ってこんな雲でしょうか。作中で「もこもこ雲」はガーディアンの象徴として描かれていました。われわれ大人はそんな立場で彼らの成長を見守っていきたいものです。

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2011年01月19日

東風ふかば

 1月も後半、一年で一番寒い季節になりました。これから2週間ほど、特に寒くなるという低温注意報も発令されているようです。これから受験シーズン、大雪やインフルエンザの流行が心配な今日この頃です。

 正直なところ冬は苦手です。雪にもウィンタースポーツにも興味はありません。庭のバケツに氷が張っただけでも生きているのが嫌になります。気軽に外をぶらつくわけにも行かないし、あっという間に日は翳るし、何処を見回しても命の影すら乏しい。ひたすら春を待っています。もし許されるのなら、老後は冬の来ない所で過ごしたいと心から思います。

 以前、眼鏡をかけていた時は大変でした。マスクをすると曇る、屋内に入ると曇る、ラーメン食べると曇る、温泉でも曇る。本当に不便でした。激しい温度変化はレンズ表面のコーティングを傷めますから、曇る時は要注意です。レンズとフレームの膨張率の差によって、レンズの歪みも出てしまいます。今でもカメラを持っているときは気になります。

 実はコンタクトレンズでも低温や温度差はあまり良くないらしいです。最近広く使われ出したシリコンハイドロゲルレンズは非常に酸素透過率の高い優れたレンズですが、数少ない欠点の一つが脂質による汚れが沈着し易いという事です。これはどうやら低温の方が目立つらしいのです。ワックス、即ちロウが冷めると固まるのと同様、冷やされて固着するらしいですが、詳しくは分かりません。白濁してしまうそうです。

 こらから洗面所も夜には屋内とは言え相当冷えるでしょう。着けている時でも、いくら体温があるとはいえレンズ表面は吹きっ曝しです。やっぱり汚れ易くなるかもしれません。ただでさえ乾燥に伴いドライアイ症状の目立つ季節です。レンズは規定の時間、もたないかもしれません。異常を感じたら躊躇せず交換することをお勧めします。コストはともかく、すぐ交換出来るのが使い捨ての最大の利点だと思います。トラブル起こすより経済的です。

 東風ふかばにほひをこせよ梅の花 あるじなしとて春なわすれそ。駒沢公園でも梅が咲き始めました。菅原公が多くの受験生に春をもたらしますように。

 そうそう、もうスギ花粉は一部で飛散しているようですよ。いくら東風でもこんなものは飛んで来なくても結構です。本当に今年は多くなるんでしょうか。初期療法はもう始めた方がいいですよ。

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posted by kawagucci at 22:24| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月07日

Good speed

 明けましておめでとうございます。ちょっと遅くなりましたが、まだ松の内なのでご容赦下さい。クリスマスの挨拶もしない内に年が明けてしまいました。あっという間でした。

 例年なら正月休みはどこかに出かけるのですが、今年はおとなしくしていました。というのも年末になって風邪を引いてしまったためです。幸い悪化したのは休みになってからだったので、ご迷惑おかけする事はありませんでした。ただ休み中はずっと思うようにならず、ちょうど仕事始めに全快した次第です。絵に描いたような寝正月です。

 実はこの年末、スタッフの退職に伴って一時的に人手不足になりバタバタしていました。私も少し気が張っていたのかもしれません。休みになって気が緩みました。ともあれ、お陰様で無事新しい年を迎える事が出来ました。体制も建て直し、今年もまた頑張ります。宜しくお願い致します。

 風邪を引いたくらいで大げさですが、健康である事というのは本当に有難い事と実感します。何の問題も無かった時が遠い事のように感じられます。思うようにならない辛さと苛立ち、そして不安は、冬の雨のように全てを奪います。風邪なら少し臥せっていれば済みますが、治らない慢性疾患ではどうでしょう。時々、外来で緑内障や網膜疾患の方にかける言葉が見つからない事があります。

 我々は皆さんの前で何でも知っているように映るのかもしれません。確かに医療については多少知っているかもしれませんが、もちろん万能ではありません。分からない事の方が多いくらいです。病気として身体の表面に現れる、ほんの一部の事象について少し知ってるだけです。理解の及ぶ限り治療は可能で、時々自然治癒力を助ける事が出来ます。でも治せないものは治せません。糖尿病だって高血圧だって緑内障だって治せない。薬や手術など様々な方法で、上手く付き合っていけるように助けているだけです。不死が不可能なように、これらを治す事もまた出来ないのです。

 今年もまた箱根駅伝で大勢の選手達が力走しました。この日のために準備してきた彼らが必死に走る姿は、何度見ても感動します。テレビの前の我々も、沿道の見物客もハラハラ見てしまいます。サポートチームや監督、コーチが声を嗄らして応援していますが、どうしてもその姿が我々医療従事者にダブってしまいます。

 走るかどうか決めるのは本人です。そして走り始めてしまえば選手も患者も一人で走るしかありません。我々は気温や路面状況など情報を知らせる事は出来ますが、手を引いたり後ろから押す事はできません。もちろん代わりに走ってあげる事も出来ません。下りではペースを上げすぎてバテないように、上りでは途中で挫けないように、常に並走しつつ一緒にゴールを目指す。我々の仕事も同じではないでしょうか。そんな診療ができればと思います。

 駅伝と違って競争相手はいませんので、途中で休んでも構いませんよ。
 微力ながら今年も皆さんと並走する事が出来ますように。
 少しでも健康で楽しい道行きでありますように。

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2010年11月24日

ここだけの秘密

 いよいよ風向きが北になり、遅い朝は凍てつくようです。正直なところ、これから3ヶ月も冬が続くと思うとうんざりです。冬でいいのは星が良く見える事ぐらいでしょうか。帰宅時に中天に浮かぶオリオン座がキレイに見えます。氷河期にこの星を見上げた人々は、春が来る事を信じられたのでしょうか。

 沖縄にはその名もオリオンビールがあります。私は石垣島が大好きで何度も訪ねていますが、彼の地で飲むオリオン生は最高だと思います。寒くなってくると島の美しい海と珊瑚質の白い道が恋しくなります。そんな時は八重山そばを食べたり、遥か南西の空を眺めてみます。

 先日はそのすぐ目と鼻の先、尖閣諸島で大事件が発生しました。海保隊員がビデオをYouTubeに流出させ、一時、拘束されました。私も映像を見ましたが、問題はこれが秘密に当たるかどうかで議論が続いているようです。公務員であるから職務上知り得た事は勝手にぺらぺら喋ったり、情報を漏らしてはいけない決まりがあります。いわゆる守秘義務です。

 守秘義務は警察官など他の公務員にも、弁護士や我々医師にも適用されます。ちゃんと罰則もあります。皆さんも無関係と思われるかもしれませんが、身近な所では裁判員などになれば発生します。

 医師の場合、ほとんどが患者さんのプライバシーに関わる事でしょう。稀に実験データなども含まれるかもしれませんが、一部の研究者だけです。患者さんの病名、病状、通院歴、その他に知り得たプラーベートな情報全てを他に漏らす事は出来ません。親子などでも迂闊に相談に乗ったりすると大変な事になります。病気を隠しているケースもあるからです。

 もう時効なので白状しますが、私には苦い経験があります。白内障など眼科の手術は1日に何件も行われます。その順番はある程度ランダムですが、唯一の例外は感染症の有無です。といっても活動性の病気ばかりではなく、多くは肝炎ウィルスなど持ってはいるけど別状は無い状態です。現代の眼科手術は使い捨ての器具を使い、きちんと消毒された環境で行います。そうした感染症に対し、それほどリスクはありません。しかし万が一を考え、血液検査で感染症の抗体陽性だった患者さんの手術は最後に行われます。

 その日の私の担当患者さんもそうでした。運悪く先に行われた手術でトラブルがあり、予定より大分時間が押していました。病室で延々と待たされ、患者さんの息子さんは大分イライラしていたようです。ナースステーションから連絡があり、電話の向こうから彼の怒鳴り声が聞こえた時は肝が冷えました。

 ナースステーションのオペ出し連絡ボードには彼の母親の名前が書かれていたのですが、その横に「ワ氏(+)」と赤字で書かれていました。他の患者さんにはそんな印はありません。それを見て、何か感じるものがあったのでしょう。どうして決して若くない自分の母親が一番後回しになり、こんなに待たされるのか勘ぐったに違いありません。そこにいた誰かに理由を尋ねました。

 ワ氏(+)とはワッセルマン反応陽性という意味です。これは梅毒反応の事です。術前に本人には説明しましたが、同席されていなかった息子さんはご存じなかった。もしかしたら黙っていたのかもしれません。必ずしも梅毒だけで陽性になるものではありませんし(偽陽性)、時代背景を考えれば御主人が陽性だったかもしれません(ご主人は戦争中外地にいたそうです)。

 しかし頭に血が上った息子さんは母親を辱められたと思い込んで手が付けられませんでした。最悪のタイミングでの情報漏洩です。幸いオペが終わって帰室した患者さんにとりなして頂いて事無きを得ました。以来、親子といえど、教師といえど、竹馬の友といえども警戒を怠りません。

 他所に看板も出していない当院では口コミでいらっしゃる方が多いです。誰々さんに聞いて、と仰って頂けると心の中で有り難うございますと手を合わせています。しかしポーカーフェイスで知らんぷりしないといけません。患者さんはちょっとがっかりします。許して下さい。通院歴も病名も秘密です。扉の向こうにも耳の良い方がいらっしゃるかもしれません。診察室での事は我々二人だけの秘密です。

 紅葉が色付いてきました。イチョウの大落葉まで1週間ほどでしょうか。

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posted by kawagucci at 21:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月10日

目くそ鼻くそ

ご無沙汰しております。いつのまにか立冬を過ぎました。雨が多かったとか面接で昼休みが無かったなど、言い訳を書き連ねるのは差し控えます(もう書いてますが)。意外にも多くの方から無くした財布を心配して頂き、ここも疎かには出来ないと思った次第です。

 ネタにしようとメモしていた事がいくつかありましたが、時機を逸してお蔵入りです。よって今回は説教臭い事は止めようと思います。久しぶりにカメラを持って自転車に乗ったので、秋らしいスナップを載せてお茶を濁す事にします。

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 例年であれば、11月というのは暇です。ブタクサをはじめ、キク科の植物も枯れて、さしたるアレルギーもありません。寒くなってくると、目のウィルス感染も少なくなります。年末までは比較的平穏です。内科小児科などは寧ろインフルエンザなどで忙しくなるのと対照的です。

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 風邪に伴う目の症状で受診される方は、ぼちぼちいらっしゃるかもしれません。例えば目ヤニ。鼻風邪ひいて青っぱな垂らしているお子さんが、目ヤニが多いと来院します。瞼にまで溢れた目ヤニが乾いてこびり付き、ちょっと友達と遊ぶのは憚られる感じ。しかしよく見ると、充血も瞼の腫れもありません。本人は目の痛み痒みも訴えません。

 これは鼻炎によって目と鼻を繫ぐ下水道の通りが悪くなっているだけです。本来、鼻の方に捨てられる涙やゴミが、下水が詰まったせいで溢れてしまう。鼻の粘膜が腫れているため、下水の出口が塞がってしまうためです。目ヤニも鼻くそみたいな色ですね。まさに目くそ鼻くそです。不潔にすると目も問題を起こすかもしれませんが、眼科的治療が必要な事は少ないです。鼻が治れば勝手に治ることがほとんどです。もちろん誰かに感染する心配もありません。これを聞くと保護者の方はホッとしますね。

 目の感染症の場合、目ヤニは朝の起床時だけと言う事は無く、ひっきりなしに出ます。常に目は潤んでいて赤く充血し、多くは両目いっぺんということはありません。見分けるのが難しい場合、やっぱり学校や保育園に行く前に寄ってもらった方が安全かもしれませんね。

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 12月2日は学校検診のため、午後休診いたします。また、年末はスタッフの退職のため、少しご迷惑おかけするかもしれません。間違いの無いように調整に努めます。
posted by kawagucci at 23:44| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月05日

凸凹に注意

 いつの間にか10月ですね。いつまでも半袖で過ごしていますが、世の中はとっくに衣替えのようです。狭い診察室に籠っていると季節の移ろいに鈍感になりがちです。ボンヤリしていたせいか財布を落としてしまいました。自転車の振動でポケットからずり落ちてしまったようです。何度かやっているんですが我ながら懲りません。

 もともと大金を持ち歩く習慣が無かったので実害は僅かです。しかしカード停止や再発行はかなり痛手です。手数料もそうですが、様々な支払いがカードを介して行われている事を再認識しました。無駄な出費を見直す良い機会かもしれません。携帯料金から音楽のダウンロードまで、まあ実に見えない所でカード会社に大金を貢いでいますね。

 次から自転車に乗る時には財布をポケットに入れないようにしようと思います。病院周辺はいつもどこかで工事をしていて、道は慢性的に凸凹です。凸凹のせいにするわけではありませんが、自転車に乗っていて段差に閉口することは稀ではありません。鞄から荷物が飛び出しそうになります。

 よく眼科手術の術後に、この振動について質問を受けることがあります。歩行や自転車をはじめ、振動や衝撃はどの程度まで許容出来るか。術後の安静時期はともかく、数週間後であれば転んだり、ぶつけない限りは大丈夫と答えていますが、不安はなかなか払拭されないようです。一つにはかなり以前に作られた術後の注意事項が残っている事に起因するようです。

 私がまだ研修医だった15年前は、白内障手術は1週間も入院していました。今では日帰りですから隔世の感があります。術式の違いがあって、超音波を使った手術以前はそれが常識でした。何せ今では2ミリほどしか切開しない所を11ミリも開けていました。今では全く縫合しませんが、当時は細い糸で7針ほども縫っていました。傷口が塞がるにはそれなりに時間がかかるので、衝撃で開いてしまったり、そこから感染するリスクは高かったのです。

 晴れて退院しても金属眼帯を装着された上、決してぶつけたりしないように厳命され、さぞや不自由だったでしょう。術後につける抗生剤点眼なども延々3ヶ月以上も点けなければいけませんでした。実際、不幸にも殴られたり外傷によって創が離開、眼内レンズ脱臼ないし脱出なんて恐ろしい経験もありますし、報告もあります。今でも施設によっては、ややオーバーではと思うような注意を強いるような傾向がありますが、やってやり過ぎは無いと考えているのでしょう。

 網膜剥離をはじめ、後眼部の手術などはもっと厳しかった。石枕を使って頭部を固定され、入浴はおろかトイレ、食事もままならない方が大勢入院していました(看護師の介助、許可が無いと出来ない)。目の中に網膜を押さえるために空気やガスを入れてあるのですが、網膜は目の後側にあるため、いつも下を向いていないと効果がありません。かくして首を垂れ、手を前にソロリソロリとあるく人の群れが眼科病棟の風景でした。初めて見たときは失礼ながらゾンビの群れのように見えたものです。

 目の中のガスは次第に抜けて、やがて本来の水に置換されていきます。問題があればこの時点で再剥離など、再手術が必要な事態が明らかになります。すでに術後から数週間も頑張ってきて、この結果は患者さんも術者も本当に受け入れがたい。再手術となればまたこの繰り返しですから、最終的に数ヶ月入院なんてことになりかねません。そこで双方、必死になって少しでも安静に、またベストな姿勢を維持しようと頑張ります。「右ななめ30度下向き、起床時は右回転から」なんて笑えない指示を出すわけです。

 こんな経験をした方は退院しても、何年も経っても、その恐怖感を忘れられません。一種のトラウマです。完全に治っていても、悲しいくらい大事にしてしまうのです。日常動作から仕事、趣味にわたるまでそのトラウマに支配されてしまいます。その結果、仕事を辞めざるを得なかったり、大好きだった趣味を諦めたり。社会復帰するはずが人生が大きく狂ってしまう。これでは何のために辛い治療に耐えてきたのかわかりません。退院しても見えない病室に囲われているようです。

 今では治療成績も上がり、多くは過去の事となりました。特殊な手術材料が使えるようになった事、糖尿病などに伴う一部の疾患で重症化するケースが減った事、初回手術成績が上がって複雑化した病態の方が減った事などが理由でしょう。確かに今でも再手術は無くなりませんし、長期安静を要する事もあるでしょう。しかし以前と比べれば少ないはずです。

 あくまで個人的な意見ですが、無駄に安静にしてもダメなものはダメだと思います。術後に再剥離などが起こる場合、処置されていない(処置が不十分)、または新しい原因が残されていると思います。いくら安静で待ってもダメなものはやり直さない限りダメなままです。ダメなのは誰かが悪いわけではない事がほとんどです。もちろん安静にしなかったあなたが悪いわけではない。無駄に安静を強いて患者さんに恐怖とトラウマを残すのは、術者側の責任転嫁にすぎないでしょう。早々に再手術して問題を除き、安静を解除すべきです。

 病態によっては一度の手術ではとても無理な事があります。一回で治ればそれに越した事はありませんが、長時間の手術は双方にとって利する事は無く、再手術で根治が既定路線という場合もあります。あくまでケースバイケースであることを申し添えます。

 また長くなりました。とりあえず、診察で大丈夫と言われた範囲では本当に大丈夫なんだと信じて下さい。必要以上に心配する必要はありません。回復した状態を共に喜び、これまでと同じように未来に希望を持つお手伝いが出来れば、それ以上の喜びはありません。

 財布を落とすような間抜けに言われても説得力が無い? ま、大目に見て下さい。

秋の目黒自然教育園です。他に花が少ない中でアザミが咲いており、ツマグロヒョウモンに大人気でした。

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アザミの数より蝶の数の方が多いんでは? 一つのアングルに7頭もの蝶が入ったのは初めてです。ボケたり隠れたりしてますが。

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posted by kawagucci at 03:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月26日

上を向いて歩こう

 気付けば秋分を過ぎ、あれほど暑かった夏は南の彼方へ去ってゆきました。ツバメのような俊足で、呆気にとられるほどです。まだ何か名残が残っていまいか探してしまう今日この頃です。ふと前を見てみれば、もう年の瀬がそこに見えているという事実に愕然とします。

 これから雨も多く、運動会を前に気を揉んでいる方も多いのではないですか。一雨ごと、空が洗われて高く澄んでいきますね。こんな空を背景にすると、いわゆる飛蚊症に気が付く方が多いらしく、この時期はよく相談にみえます。特に季節性はありません。

 飛蚊症は確か以前も取り上げたことがあるように思います(ネタ切れです)。簡単に言えば目の内側の濁りです。出血や網膜剥離などに伴う濁りの可能性もあるので注意して欲しいと言う話でしたね。ほとんどが老化に伴う害のないものなんですが、時と場合によって急に増えたように感じてしまうようです。

 目の中が濁っていても、その濁り自体を直視する事はできません。カメラの内側、暗箱に埃が入っていても、その埃にはピントが合わないように。あれは影だからです。レンズ交換式のカメラに詳しい人ならご存知でしょう。仮にカメラ内にカラーの埃が入っても白黒の影にしかみえないはずです。

 光が目に射し込んだ際に、眼内に濁りがあると、それに妨げられて眼底に影が落ちます。ちょうど太陽と雲と、大地におちる陰です。映画館の中で館内の埃やタバコの煙がスクリーンに投影されるようなものです。光が均一にキレイに射し込むと影は出来やすいので、明るい空や白い壁を見ると目立つのです。逆に背景がゴチャゴチャしてると、紛れてしまって分かりにくい。

 この季節になると、皆さんきっと空を仰いでしまうんでしょう。それで余計なものに気が付いてしまうのかもしれません。普段、この東京で上を見上げる事はどのくらいなものでしょう。信号を見る時ですか。雨が落ちてきたときですか。

 実際、私は多くの人が視野でも特に上方の異常に鈍感であるという印象を持っています。網膜剥離などで半分近く欠けていても気が付かなかったという方を何人も経験しました。目の中の異常は実際の視野と上下左右逆転します。従って視野上方の異常ということは、網膜などの下方に問題が起きている事を意味します。軽微な出血などでは重力に従って下方に沈殿していきますから、本人の自覚が無い事も稀ではありません。

 逆にこれが視野下側の異常であると、多くの人が敏感に反応します。字やモニターがぼやける、歪む、邪魔されているといった訴え、目ヤニのようなものが邪魔して見にくいと仰ることもあります(実際に目ヤニはありません。そんな感じがするだけです)。どうやら普段、我々は下ばっかり向いて暮らしているようです。今も下向いてキーボードを叩いていますし、向かいに座っている娘も手許の本を読んでいます。

 少なくとも眼も合わせず下ばっかり向いてトボトボ歩くのは良くないですね。忙しくても、たまには外に出て顔を上げてみましょう。病気だけでなく、色々と発見があるかもしれません。もとより我々日本人は季節の変わり目などに敏感と言われています。夕焼けが早くなったのを見て、月が煌煌と照らすのを見て、高い空に雲が飛ぶのを見て、秋の訪れを敏感に感じ取ってしまいます。

 たった数週間ですっかり蝉の事を忘れています。外国人にはあの音がただのノイズにしか聞こえないそうです。小泉八雲はヒグラシの音を愛でたそうですから、ここで暮らすと変わってくるのかもしれません。呑気に感傷に浸っているとあっという間に年末になりそうなのでこの辺で。

 先週は都立大のお祭りでした。最近の金魚すくいは派手ですね。あんまり情緒は無いような。

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posted by kawagucci at 23:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月06日

コンタクト回収

 この所、外来での第一声が「暑いですね」で固定化しつつあります。でも本当に暑い。9月に入ってもその勢いは衰える気配もありません。風の無い日向では、明らかに体温より外気温が高いです。自転車でカメラを持って遠出する事も減って、本当にネタに困りました。昼休みに駒沢公園のプールに入って涼を取るのが唯一の楽しみです。夏休みも終わって、プールも閑散としてきました。

 まずお詫びしなければなりません。新聞など報道でご存知の方も多いと存じます。「ワンデー アキュビュー トゥルーアイ」一部ロット製品自主回収のお知らせです。少し詳細が分かるまで待っていましたが、とりあえず深刻な健康被害は無いようでほっとしています(続報で角膜潰瘍に至る障害が認められたケースもあるとのことです)。

 こちらでも何回か取り上げていたので責任を感じております。製品としてはとても優れたものなので、今回の事件はとても残念です。その性能でまた信頼を取り戻して欲しいものです。しばらく供給不足が続き、使用されている方々にはご不便をおかけする事になりそうです。ご面倒おかけして申し訳ございません。

 代替品として、同じジョンソン&ジョンソン社の1day Acvue Moist に交換、変更して対応しております。従来タイプの素材なので、性能はTrue Eye に及ばない点がありますが、歴史があり信頼のおける製品です。もともとアレルギーやドライアイの方において、この両者の間でコンタクト変更を誘導しようと、二つの製品を同じ値段でお分けしていました。不安のある方は一度、ご連絡頂ければ幸いです。

 装用した時にしみる、というのは、これまで保存液や中和のトラブルが多かったものです。そのようなリスクのあるケア用品と無縁であるはずの1dayタイプで問題が発生するのは皮肉なものです。問題が解決し、流通を含め通常通りに戻るのはもう少し先と聞いております。当院では全ての問題ロッドを購入された方を追跡し、ご連絡させて頂くことが出来ました。扱いが少なかったためですが、ホッとしております。その節はお騒がせしました。重ねてお詫び申し上げます。

 サルスベリももうすぐ終わり、短くなった日が落ちれば少し過ごし易いです。帰り道では蝉の声が遠くなり、一段とコオロギの声が高くなってきました。

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posted by kawagucci at 01:27| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月12日

日にち薬

 南海上の台風のせいか、このところ雲が多いですね。おかげで少し涼しい日もありました。あれだけ遠くにあって、これだけの影響を及ぼすわけですから台風とは何と恐ろしいものでしょう。

 時間が許せば海に行きたいと思っていましたが、この状況では難しいでしょう。台風が近づくにつれ、波もうねりも強くなっていきます。なかなか思うようにはならないものです。自然が相手ではどうしようもありませんね。

 ヒトはこのどうしようもない事を文明の力をもって、少しずつ克服してきました。お腹が減っては農耕を、力が足りなければ道具を、そして病になれば薬を。近代において、我々は自然に対しある程度の征服感を感じていることは疑いない。

 それでも地球規模の災害には太刀打ち出来ません。洪水、旱魃、地震など、ここ暫くを振り返っても、そんな出来事は日常です。どうしようもない事はまだまだ多い。また身近なことではヒトはまだ死や病を逃れる事は出来ません。分からない病気、治らない病気は沢山あります。

 どうしても失明を免れない事も、ずっと辛い治療を必要とする事も、時には宣告しなければならない事があります。それを受け止めなければならない患者さんや、その家族の気持ちは察するに余りあります。どうにもならないこと、理不尽に思う気持ち、持って行き場の無い怒り、そして無力感。

 よく外来で、「いつ治りますか」または「いつまでに治したい」という言葉を聞きます。結膜炎やモノモライであれば、1、2週間の経過を予想する事はそう難しいものではありません。それでもその言葉の背景に、治って当然、人類の英知で全ての病態は解明されているというような誤解があるように感じてしまうのです。

 我々はエラソーに白衣を着て皆さんの前に座っていますが、その実、人間のカラダの事などホンの表面、わずか数%も分かっちゃいません。僅かな知識で必死に診断し、最善の方向(と考える道)を示しているに過ぎません。治せない事の方が多いと思います。誤解を恐れずにいえば、多くの場合、患者さんは自分の治癒力で勝手に治っているだけです。

 治らない場合は。期待した結果が得られなければ。それは患者さんにとっても医療者にとっても、とても不幸な事です。その矛先を時に患者さんは自身や家族、そして我々に向けて突き刺します。時には一緒に血を流す事も必要だと思っています。しかしただ一緒に鞭打たれているだけではダメで、盾となって支え、受け入れられるように説得していく必要があります。

 手術で治る事を期待して来院したある患者さんがいました。既に手術は他院で無事に行われ、それなりの説明もあったはずです。しかしある致命的な所見により、視力が戻らない事は明白でした。長い経過で少しは明るくなるくらいは期待できます。しかし仕事をしたり運転したりする事は難しい。

 何度目かの説明の後、彼女は最後に「日にち薬ですね」と言いました。その言葉を境に、まるで嵐の黒雲が去ったように吹っ切れたように見えました。最初の手術から丸1年ほど、そして明るくなるまでまた1、2年かかるというようなタイミングでした。人がそれを受け入れるのには、それだけの時間がかかるということでしょう。

 どんなに今後、医学が発達しても、治らない病気や不幸な事故は無くならないでしょう。死も。どうにもならないことを受容していくこと。容易な事ではありません。日にち薬というものがあれば、それはどんなものでしょう。唯一の処方箋かもしれません。しかしてその容量用法は。

 暑い午後の公園で、誰かが水浸しにした水飲み場にクロアゲハが吸水に飛んできました。水にも匂いがあるのでしょうか。

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posted by kawagucci at 00:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月02日

星の瞬き 目の瞬き

 連日の暑さで、さすがにバテ気味です。体温より高い地面に這いつくばっていると干物になりそうです。アスファルトの上には陽炎が立ち、向こうの景色が揺らいで見えます。

 涼しい高原に避暑に行きたいですが、軽井沢に別荘を持つ身分には一生なれそうもありません。山上の風を想像するだけです。子供の頃に長野県の黒姫に行った事がありますが、空気が澄んで星の奇麗な美しいところでした。

 そう言えば世界一大きな鏡を持つ「すばる望遠鏡」はハワイ島マウナケア山頂にありました。標高は4200mだそうです。そこからなら満天の星が見えるでしょう。大きな街のある島ではありませんから地上の光も少ないでしょう。

 しかしそれを遥かに凌駕する望遠鏡があります。地上約600km上空の軌道上を周回するハッブル宇宙望遠鏡です。この望遠鏡がすごいのは宇宙空間にあって地球の大気の影響を受けずに観測できることです。陽炎のような像の揺らぎも、信号の吸収もないため、地球上のどんな望遠鏡よりも鮮明に星の姿を写す事が出来ます。

 ハッブル宇宙望遠鏡

 これまでボンヤリとしか掴めなかった星雲も遥か遠い銀河も驚くほど鮮明です。これが本当の星の姿です。渦巻くガスも、星の誕生も、そしてその終焉もまざまざと描き出し、画像を見ているだけで時間を忘れてしまいます。

 改めて地球の大気は星の観測には障害になる事が良く分かります。この東京ではとても満天の星空など望めません。産業革命以前なら、もっと星が見えたかもしれません。地上の光はともかく、せめてもう少し空気がキレイであったら。

 地球の大気は10kmだそうです。地球の直径が12800kmある事を考えれば、思ったより薄い事が分かります。我々の生活圏全てを含み、宇宙の諸々から守ってくれている大事なバリアである事を考えると、頼りないほど薄っぺらいとも言えます。

 地球の大気と眼の表面は似ているなと以前から思っていました。眼は直径22mmほど、この上に涙の層が乗っています。その厚さは7ミクロン( 7/1000 mm)ほど。地球の大気といい勝負ですね。

 カメラのレンズが汚れていたり水滴が付いていたらどうでしょう。きっとマトモな写真は撮れません。ワイパーがあっても撥水剤があっても雨の日の運転は難儀ですよね。それを考えると、常に濡れているのに鮮明な映像を届けてくれる眼の表面は不思議です。

 あれだけ薄いのに角膜の表面をほぼ均一に覆い、光線を乱反射させずに通しているためです。さすがに10秒ほどで乾いてしまいますから、3秒毎に瞬きをして塗り直しています。最近の研究でその巧みな仕組みが徐々に分かってきました。

 薄い油の層で涙の層をサンドイッチし、ムラなく均一に、切れて乾いたり、余って溢れたりしないよう保持しています。ゴミが入っても、アカが浮いても、激しく運動しても、何かを凝視して瞬きを抑えられても、その繊細なサンドイッチを巧みに保持しているのです。ついでに外敵から守るバリアでもあります。我々が海から陸に上がって数億年かけて進化させてきた繊細な仕組みです。

 そうして情報の8割を占めるという視覚を担っているわけです。繊細なこのシステムが破綻して涙の層が不均一になるだけでもガクンと見えなくなってしまいます。たとえばサンドイッチの両端、油が減ったり多過ぎたりするだけでも涙層は不安定になり蒸発し易くなります。単に涙が少ないだけがドライアイではありません。

 目を使って作業をしていると霞んでくる、また瞬きして暫くすると見えなくなってくる。こんな方は目の大気層が破綻しているんでしょう。地球環境と同じように壊れ易く繊細な所です。できればこれから先も大事にしていきたいですね。

 旅先で見た満天の星は東京の夜空と比べ物になりません。宇宙空間と違って大気に邪魔されますが、遠い空で瞬くくらいがロマンチックでいいでしょう。

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posted by kawagucci at 00:29| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする