2015年01月04日

耳下腺腫瘍 手術

12月24日 手術当日
普段と同じく6時前には目が覚めてしまいます。1年で一番、日が短い頃ですから外は真っ暗です。何もすることが無いので、しばらくボーっと東の空が明るくなるのを眺めていました。この数ヶ月、何をしていても常に気掛かりだった手術の日がついにやってきました。私はこれまで身体にメスを入れた事がありませんでした。眼科とはいえ、かつては日常的に何件も手術してきたのに、自分の時はそれなりに恐怖感があるものです。昨夜零時から絶飲食なので、朝食も昼食も摂れません。OS1という脱水防止の水500mlしか飲めません。ポカリのような甘ったるい味で喉をかき、かえって渇きます。手術は午後12:30頃と言われていました。頃というのは、その前に他の手術が入っていて終わり次第ということです。私の大学ではオンコールと言っていました。なるべく沢山の手術を詰め込むため、一つ一つの手術時間を短めに申告してます。ただでさえ手術は予定外の事件が起こります。よって大抵遅れるものです。

いよいよ13:00頃にお迎えが来て、歩いて手術室に向かいます。最近は取り違えや左右間違いなどの事故防止のためのチェックが厳しいです。入口で前日足にマークした左右を示すマジックを確認したり手首のバンドや名前の自己申告があります。緊張して46歳なのに64歳と答えてしまいました。ベッドに横になり左手に点滴のルートと酸素飽和度を測る装置が付けられ、胸に心電図のシールを貼られ、酸素マスクを装着されます。こうしたことがまるでF1のピットクルーがやるようにキビキビと同時進行するので、考える間もありません。だいたい何をやっているのか手順が理解しながらボンヤリ天井の無影灯を見ていました。
「眠くなるお薬が入りますね」という麻酔科医の声が聞こえたとほぼ同時に意識が遠くなりました。

術直後
実は手術後最初の記憶は帰室後なので、麻酔から覚めてからしばらくはかなり意識が混濁していたようです。ベッドに移されエレベーターに乗ってるはずなのに、どうやって戻ってきたのか覚えていません。ぼやけた視界の中で家族が見えたこと、ドクターの術中迅速病理では良性の多形腺腫であると伝えられた事はしっかり理解していました。時間を尋ねると17:00を過ぎている。4時間近く掛かっていました。当初2〜3時間と聞いていたので、存外手間がかかったのかもしれません。これまた記憶が曖昧なんですが、恐らく顔面神経麻痺の有無を確認するために「い〜」とか「う〜」とか言わされたようです。問題なく出来てホッとしました。
すぐに家族も帰宅し、リカバリールームというナースステーションに近い大部屋に一人になりました。自由になる右手で顔を探りますが様子がよく分かりませんでした。耳から首にかけてテープで頑丈に覆われているようです。痛みはありませんでした。ただ暑かった。風邪をひいて高熱がある時のようです。しばらく吐気もありました。船酔いを堪えるようにもがいている内に収まりました。おそらくうつらうつらとしていたんでしょう。時折聞こえる周囲の物音で刹那覚醒し、時間の推移を知る事が出来ました。夕食のワゴンの音、売店が閉まる放送、消灯時間のチャイム。その後は2時間ごとに来る夜勤のナースの気配だけ。メガネもコンタクトも無いため視界はボヤけ、薄暗がりで、ただ時間が経つのを耐えていました。そうして長いクリスマスイブの夜は明けました。
posted by kawagucci at 16:10| 耳下腺腫瘍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする