眼科学という生命科学の一端に触れる身として、この1年は面白いニュースが多かったように思います。主に山中先生のiPS細胞についての報道でした。DNAの働きについての研究がいよいよ佳境に入り、臨床応用される糸口が垣間見えたという感じでしょうか。
残念ながら日本人の受賞はありませんでしたが、ノーベル医学生理学賞でもこの分野の研究が受賞しました。米カリフォルニア大サンフランシスコ校のエリザベス・ブラックバーン教授らのテロメアとテロメアーゼに関する研究です。
テロメアとは遺伝子の端っこの部分です。多くの遺伝子本体と違って、何かタンパク質を作るような情報は書かれていません。では何の役に立っているんでしょう?
人間の体の細胞は常に分裂して新しく生まれ変わっています。その時に遺伝子も複製されて受け継がれていくんですが、全部そのまま複製されるわけではありません。このテロメア領域が複製されるたびに短くなっていきます。つまり何回か分裂したらテロメアが無くなってしまいます。
テロメアを失うと、その遺伝子を持った細胞は死んで片付けられてしまいます。つまり細胞の寿命はテロメアの長さが決めているのです。分裂して遺伝子を複製するたびに死へのカウントダウンが行われているわけです。
今回ノーベル賞受賞したのは、このテロメアを修復するテロメアーゼという酵素についての研究です。実は精子や卵子など生殖細胞は無限に分裂できるのですが、これはテロメアーゼが働いて、テロメアが短くなるのを防いでいるためなのです。
もしこの働きが他の細胞にも働けば、細胞は死なず、いわゆる不老不死が可能ではないか。確かにその通りです。実際にそんな細胞があります。いわゆる癌細胞です。癌は無限に増殖し転移します。不老不死ではありますが、正常な機能はありません。
細胞に寿命があるのは、癌になったり遺伝子異常を引き起こさないための防御装置なのでしょう。生きている限り、遺伝子は傷つきます。複製の間違い、紫外線や放射線などによって、どんどん傷は蓄積します。やがて癌化したり病気を引き起こすかもしれません。だから細胞に寿命を設定してそれを防いでいると考えられています。それゆえにヒトをはじめ、生物には寿命があるわけです。
癌では活発にテロメアーゼが働いている事が分かっています。これを抑えれば癌細胞の寿命をコントロールする事が出来るのではないかと期待されています。癌細胞に時限爆弾をセットするわけです。そうした新しい抗癌剤も期待されています。
少し前になりますが、クローン羊のドリーを憶えていますか? あれは羊の体の細胞を使ってクローンを作製したものです。大人になった羊の細胞を使っていますから、当然テロメアはある程度短くなっています。その結果、それを複製したドリーはさらにテロメアが短くなります。ドリーは通常の羊より寿命が短かったようですが、それはその辺りに理由がありそうです。最近、死んだ愛猫や愛犬などをクローニングするサービスがあるようですが、寿命はやはり短いんでしょうか。癌や病気になる確率が高くはないんでしょうか。
眼科の病気は老化と切っても切れない関係があるものが少なくありません。白内障にしろ緑内障にしろ黄斑変性にしろ、老化というのはキーワードです。
本当に様々な事がどんどん分かってきて、ついていくことができません。直接、眼科に関わる事はまだまだ少ないですが、その将来はだいぶ違ったものになりそうです。不老不死は人類の夢でしょう。その仕組みが見えるところまで来ていますが、果たしてそれが良いものなのかどうか私には分かりません。
秋深まり落葉の道を歩くとき、次の春の萌出を待ち遠しく思います。冬になって草が枯れ虫も死に絶えても、また春には新しい生命との出会いがあります。その無限の輪廻のほんの一時を過ごす機会を与えられただけで、我々は満足すべきなのかもしれません。

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